DeFi領域で急成長を続けるパーペチュアル取引所Hyperliquidには、数十億ドル規模の資産が眠っています。抜群のユーザー体験(UX)と急拡大するユーザー層を背景に、同取引所はオンチェーンデリバティブ市場の主流取引所へと躍進し、現在、CircleのUSDCを中心とするステーブルコイン56億ドル超が取引エンジンを支えています。
この資本は基盤準備金によって巨額の収益源となり、その収益フローは現状外部へ流出しています。Hyperliquidコミュニティは今、この流れを自らの手に取り戻そうとしています。
2024年09月14日、Hyperliquidにとって歴史的な転機を迎えます。バリデーターは一度きりの決断となる投票で、プラットフォーム初のネイティブステーブルコインUSDHの鍵の引渡し先を選びます。争点は単なる新トークンではなく、何億ドルにも及ぶ利益をエコシステムに還元できる金融エンジンのコントロールです。本プロセスは数十億ドル規模のRFQや政府債券入札に類似しますが、完全にオンチェーンで透明に展開されます。ネットワークの安全性を担保するHYPEステーキングバリデーターが「選考委員会」となり、USDH発行者の決定はもちろん、何十億ドルのイールド再分配方式まで審議します。
候補の顔ぶれは鮮明に分かれています。利益の一致を約束するクリプトネイティブ開発者集団と、資本力・組織力に優れる機関勢力が激しく競り合っています。
本件の争点を理解するには、資金フローを追うことが不可欠です。現在の王者はUSDC。その発行元であるCircleは、準備金を米国債に運用し、その金利益を上げており、1四半期で6億5,800万ドルもの収益を生み出しています。Hyperliquidが狙うビジネスモデルはまさにこの構造です。
外部ステーブルコインを自前のUSDHで置き換えることで、資産価値の流出を防ぎ、利益の流れをエコシステム内部化できます。現時点の準備金残高だけでも、USDH裏付け資産から年間2億2,000万ドルの収益創出が見込まれます。外部ステーブルコインの「顧客」から、自らの基盤「保有者」へと転換することで、CircleにとってはHyperliquid残高の喪失が一夜で収益の最大10%消失につながり、金利収入への依存度が露呈します。
コミュニティが問われているのは、「資産獲得」ではなく「誰を信頼し構築を委ねるか」です。
Circleは容易に譲歩しません。USDH構想が浮上する以前から、CircleはHyperliquidへの本格的な進出を進め、ネイティブUSDCおよびCCTP V2導入を7月末に発表しました。これにより、ラップドトークンや旧式ブリッジを介さず、資本効率に優れるUSDC転送がサポートチェーン間で実現。Circle Mintによる機関投資家向け入出金機能も追加されます。USDCの公開企業発行者は、Hyperliquidの流動性を競合に明け渡す意志が全くないことを明示しています。
USDHを巡り、Hyperliquidにとって戦略を左右する複数のビジョンが浮上しています。
Hyperliquidネイティブの開発チームNative Marketsは、USDHローンチ発表直後に名乗りを上げ、GENIUS Act準拠のステーブルコインを提案しました。計画は、オンランプ・オフランプが容易な法定通貨ゲートウェイの統合と、Hyperliquid Assistance Fundとの利益分配を盛り込みます。同チームにはMC Lader(Uniswap Labs元社長)など有力人材が参加していますが、コミュニティでは提案タイミングや資金力に疑問の声もあります。「地元密着型」として、規制遵守・オンチェーン専門性・エコシステムへのバリュー還元を約束。強みは$HYPEとの高い連動性と規制対応力ですが、十分な体制とスケールの実現可能性が課題だとする見解も出ています。
最も注目度を増しているのは、ステーブルコインインフラプロバイダーAgoraの提案です。AgoraはMoonPay(Stripeを上回る認可国数とKYC済みユーザー規模を持つ暗号資産オンランプ)、
Rain(オンチェーン決済・カードサービス)、LayerZero(最高品質のクロスチェーン相互運用性)と連携し、パートナー連合を構築しています。
Paradigm主導の5,000万ドル調達を背景に、準備金証明によるコンプライアンス強化を打ち出し、Hyperliquidの利益連動を前面に押し出しています。準備金はState Streetが保管、VanEckが運用し、Chaos Labsが証明を提供。Cross River銀行やCustomers Bank等が初日から最低1,000万ドルの流動性供給を誓約します。この提案は機関による信頼性・資本力・流通力を備え、USDHの純利益を全額Hyperliquidエコシステムに還元することが中心的コミットメントです。結果としてUSDHの成長がHYPE保有者の直接リターンとなります。強みは機関的信用力ですが、銀行・カストディ依存はUSDHの本来の目的に反するオフチェーンリスクを再導入しかねません。
StripeはBridgeを11億ドルで買収し、USDHをグローバルなステーブルコイン決済ネットワークの基軸に据える提案を行っています。Bridgeのインフラは既に100カ国超でUSDC等のステーブルコイン決済を低コスト・ほぼ即時で提供しており、Stripe統合で規制信頼性、開発者向けAPI、カード/ペイメント連携がシームレスになります。さらに、Bridge内で独自の法定通貨担保型ステーブルコインUSDBも展開予定で、外部チェーンコスト回避や堅牢な参入障壁の構築を図ります。強みはStripeのスケール・ブランド力・流通力によるUSDH商業化の加速ですが、Tempoチェーン・Privyウォレットを持つ垂直統合型FinTechがHyperliquid金融層の中心的役割を担うリスクもあります。
その他候補は異なる路線を取ります。Paxosはニューヨーク拠点の規制信託会社で、最も保守的なコンプライアンス重視モデルです。USDH準備金利息95%をHYPE買い戻しに充てることや、PayPal・Venmo・MercadoLibre等へのHYPE上場を実現する機関流通チャンネルを提供。米国規制環境がトランプ政権下で好転しても、Paxosは耐久性・規制承認をUSDH長期的正統性の基盤と見なす層に外せない選択肢となります。一方で、完全な法定通貨カストディ依存は米国金融リスクを孕み、BUSD崩壊要因でもある脆弱性が残ります。
これに対し、Frax FinanceはDeFiネイティブ路線を提案。暗号資産コミュニティ発祥のFraxはオンチェーン運用・コミュニティガバナンス・イールド共有に重きを置き、暗号資産志向ユーザーに響く設計です。USDHの担保はfrxUSDとBlackRock等の運用国債による1:1裏付けで、USDC・USDT・frxUSD・法定通貨への換金も容易。イールドは100%Hyperliquidユーザーへ、ガバナンスはバリデーターに完全委任します。実績ある高収益コミュニティモデルの強みがあり、frxUSDやオフチェーン債券依存が外部リスクや普及制限にもなります。
Koneliaは小規模・知名度低めの提案者で、他の主要候補と同じオンチェーン競争に参加しています。コンプライアンス準拠・準備金管理・Hyperliquid高性能L1最適化を特徴としますが、詳細公開は少なく、コミュニティ支持も限定的。公式認定入札者ながら、資本力あるライバルと比べると現状周辺的です。強みは公式資格とL1特化ですが、情報・ブランド・支持基盤の不足が主要候補との差となっています。
最後に、SushiSwap・LayerZero出身のDeFiベテランによるxDFiが、ETH・BTC・USDC・AVAX等で担保する暗号資産100%保証・23EVMチェーン対応のオムニチェーンUSDHを提案。xDインフラによりチェーン間でネイティブ同期が可能で、ブリッジや断片化の懸念もありません。イールド分配は$HYPEガバナンス69%、バリデーター30%、プロトコル保守1%として、銀行やカストディ不要のコミュニティ所有型USDHを志向します。検閲耐性・純粋なクリプト設計がHyperliquidの流動性拠点機能を深めますが、暗号資産担保による不安定さ・規制未対応でメインストリーム普及に課題も残ります。
Curveは競合ではなく連携を重視し、crvUSD LLAMMAを基盤に「規制型USDH(Paxos/Agora)」+「HYPE・HLP担保分散型dUSDH」の二層構成を提案。CurveのCDPインフラ上でHyperliquidガバナンスを実現し、ループ・レバレッジ・イールド戦略が展開可能でHYPE・HLP価値循環の原動力となります。CurveはcrvUSDの安定したペグ維持や柔軟なライセンス、CDPモデルが年間250万~1,000万ドル規模の実績を持つ点を強調します。強みは規制カバーとDeFiネイティブの両立ですが、2トークン体制による流動性・ブランド分散や、Hyperliquid資産担保による自己循環性リスクも指摘されます。
最終決定はHyperliquidバリデーターのオンチェーン投票で下されます。公平性とコミュニティ主導を徹底するため、Hyperliquid Foundationは投票棄権を発表しました。
Foundationは多数決の結果を尊重し、中央集権化懸念を払拭。最終判断を完全にステークホルダーに委ねることを明示しています。
2024年09月14日は単なる選挙日ではなく、DeFiガバナンスが大きく進化を問われる瞬間。象徴的な手数料切替議論から、数十億ドルの契約がコミュニティ意思で執行される新時代の到来となります。